無心さ

今日は午後からモーリス・ユトリロとその母、スザンヌ・ヴァラドンの展覧会に行ってきた。ユトリロは好きな画家だけど、アルコール依存症を患い、問題を起こしたり、病院への入退院を繰り返していたという話を聞いていたので、悲しみのようなものに心を掴まれてしまうかなと思い、少し怯んでいた。。でも、今日は行けそうな気がしたので、展覧会が終わってしまう前に行ってきた。
ユトリロの絵は、パリを中心としたフランスの街並みや寺院といった風景をモチーフとしている。人物画は一枚もなかった。植物も二枚ほど。人物をモチーフとした色彩のはっきりとしたヴァラドンの絵とは対照的だった。
10代でヴァラドンユトリロを出産。父親は明らかにされてないらしい。ユトリロは、自由奔放な母の愛を求め続け、孤独の中でアルコール依存症となったとある。絵画もその治療として始めたとされている。
これだけ聞くと、ユトリロの絵を見ると、深い悲しみが伝わってくると思ってしまうけれど、わたしが絵を見た限りでは、そんなことはなかった。
ぼんやりと描かれたパリの街並みは、まるで曇りカラスの向こう側に存在してるようで、絵を前にして、ただぼーっと外の景色をひとりで眺めているような感覚。そこには感情の存在は感じられなくて、見ているこちら側も次第に無心となっていくよう。。
ひとりで眺めているような感覚を持って孤独と言えなくもないけれど、むしろ誰にも邪魔されない静寂に包まれる感じ。。絵を見つめれば見つめるほど、頭がぼーとして心地よく、たくさんの見学者のいる美術館の中で、ひとりになれる感じだった。。。
絵を描くことはアルコール依存症の治療として始められたということだったけれど、生涯アルコールが手放せなかったとはいえ、治療としては効果的だったのではないかと思う。絵を描いているときのユトリロは、無心になれたのではないかと思えるから…。
今日は行ってきてよかった。よい展覧会だった。わたしにも無心さが伝わって、何かが浄化された気がする。白に覆われたパリの景色をただぼんやりと眺めてね。。

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