やる気の株分け。。

やる気というのは他の誰のためでもない、ほんと自分のためにあるのだと思う。やる気なしでも、時間をかければ終わるだろうし、やる気なしでも、そこそこ器用にこなせるだろうし、、、しかも出来上がりのクオリティも、実は、そんなに変わらないかもしれない。。。
でも、決定的に違うのは、楽しくないってこと。何かに向かっているとき、やる気のあるなしで楽しさは全然違う。
やる気満々だと、周りから浮いてしまったり、意地悪な仕打ちを受けるかもしれない。でもね、楽しくないことほど意味のないことはない。絶対、楽しんだもの勝ち。
落ち着いた大人も格好いいけどね。全く落ち着いたままだったら、落ち着く余裕なんてきっと出てこない。。わくわくしながら、やる気をもってやってることがあるに違いないんだ。
ただ、やる気ってとてもデリケート。儚くも消えてしまう…のは意外に簡単。
そして、やる気は新たなやる気を呼ぶのに、やる気のなさは新たなやる気のなさを呼ぶ。。。
いい均衡か、悪い均衡か…。しかも、均衡なだけに、やる気なしおの状況に陥ってしまうとなかなか抜け出せなかったりする。。。で、始末の悪いことに、そういう状況にいるって、なぜかなかなか気付かなかったりする。
だから、やる気の芽は摘んではいけないのだ。生きてる以上は、楽しくないとね。
対象は何だっていい。問題はそこじゃない気がする。だって、問題はやる気が出るか出ないかだもん。
少しの芽でもあるのなら、このデリケートな芽を大事にしないと。。。やる気を出したり、やる気を維持したりするのがとても難しいのに、自覚のないまま、無気力な状況を継続するのはなぜかとても簡単なんだ。。。
せめて生きてる分は、楽しまなくっちゃね。やる気の芽、株分けできるぐらい育ってね。。

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