あながぽっかり空いてても。

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昨日、美容院で見た雑誌のコラム、ある青年は言っていた。。。

自立とは、依存先を増やすことであると…。

わたしには、なんとなくしっくりこない。。。
例えば、子供に依存しているひとが、お酒や博打に依存するようになっても、あんまり意味がない。
←そういうことじゃありません。揚げ足を取らないでください、、、って言われちゃうか。。。

まず、依存の方に目を向けると、依存とは自分の中に、それでなくては埋め難いスペースができることなのだと思うのだよね…。
だから、依存先が増えると、それだけ自分の中のそれ用のスペースが新たに増えてしまう。。。

依存先の占めるスペースの総容積が一定だと、全体としてのスペースは増えないかもしれないけど…。かと言って、その場合も、別のに置き換わるだけで、それがないと埋まらない自分の中の空間は依然としてそのまま。。。

そして、むしろ依存先が増えた場合、その分全体としても、スペースは増えてしまうような気がするのだよね。。
それ用に空いてしまったスペースは、それがなくなった後でも埋まることは難しく、、、
いつの間にか自分の中にできてしまった、なかなか埋らない空間✖️無数…。

青年は言いました。
依存先を増やして、分散させることが自立だと…。

でも、自分で立つと言うことは、むしろそんなあなボコだらけの状況でもなんとかやってます…ということなのじゃないのかな〜。

ひとりやひとつのことに依存するのは危険だから、依存先を増やしてコントロールする。。。人間はそんなに器用なものかしらん…。

大きく空いた埋らないあなボコ、、、こんなの空いてても、このあなボコともそれなりに上手くやっていけるようになりました…
ってのを自立ってことにしておきたいな。