何万分の一

80過ぎまで生きるとして、生きてる期間はざっと30,000日。3分の1近くは寝てるとすると正味20,000日分の活動が可能。

感覚として意識できる範囲内の20,000という数字は、日数にしてみると、何だかずいぶん短いような気がする。
何百万とか、何千万とか、億とか、といった単位ではない。

「毎日を人生最後の日だと思って生きよう。いつか本当にそうなる日が来る…。」
スティーブ・ジョブズは言った。

ある程度の年になるまで、人生が有限であるという意識を持つことは難しい。
ただ、ただ目の前に積み重なる課題をこなすだけで精一杯で、その一日一日の意味がどんなものなのか考えている余裕なんてない。この苦しみが無限に続くと錯覚する。

無限と思われた、苦しみの捌き方にも慣れてきたときに初めて、自分に残されている時間が有限であることが解る。
一気にいろんなことが有限であることに気付くことになる。

無限の感覚にいるうちは、制約条件がないという誤解をしている。何万分の一をどう使うかについて、その一は無限の前ではneglisible、無頓着になって当然だ。。。

ただ、有限の感覚を持ち得た今は、一日一日を心から大切に思うことが可能だ。
自由に使える一日があと何千日分か持っている。
有限という制約の下、自分の残りの一日をどう過ごすか、選択した結果として、確実に消費できる自由を手に入れる…。

今日もとてもよい一日であった・・・

 

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