生来or環境?

正義とかではなく、、、クライアントの、しかもかなり高額のフィーを支払うことのできるクライアントだけを対象として、、、そのクライアントを勝たせるために、相当あくどいやり方を取って、仕事を遂行していた弁護士が事件に巻き込まれて記憶喪失に陥るというドラマを見ている。。。(←もちろん、韓流。。韓流とくれば記憶喪失ネタ。。でも、これがいい仕事をするのである…。実際に、記憶喪失、、、韓国では多いのかしらん。。。)
で、その弁護士、設定では判断力や推理力は失われず、法律や判例などについても覚えていて弁護士としての手腕はあまり変わらない…。でも、大きく異なるのは、正義なんてこと、それおいしいの、、、とばかりにクライアントを勝たせるために何でもやるかつての自分に対して、記憶を失った自分としては、とても理解ができない…。多分、嫌悪感すら感じている状況にある…。
ここで、記憶喪失というものがどういうものなのかというのはよく分からないけれど、、、弁護士としての能力の方がそのままに、正義感といった感性⁈、感覚といった方が失われるということがあるんだろうか。。。
後者の方がニンゲンにとってより本源的な気がするので、不思議。。。でも、この場合、その感覚はこれまでの環境によって形成されたものということになるんだろうなあ。。。
本来持っているものが記憶喪失後の自分なのかどうかは分からないけれど、、、続きを見ることでそれはいずれ明らかになるんでしょ。。。
ニンゲンにとって、なにが生来のもので、なにが、どこまで、環境によって形作られるのか…。
なんかとても興味深い。。。

 

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僕たちも元々は同じ…。表現形が様々なのは、既に組み込まれてる…?それとも環境のせい…?

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