ロバの話し

いま読んでる本(『機械より人間らしくなれるか?』)に、例の二つの干し草の山を前に餓死してしまうロバの話が出てきた。。この話、ビュリダンのロバというらしい。。。
右に進む道と左に進む道の分岐点に立つロバ、右に行っても、左に行っても、同じ量の干し草の山がある。でも、干し草の量が同じ、干し草までの距離も同じということから、結局右か左かを選べずロバは餓死してしまうという悲しいお話し。。。
右の干し草の山も左の干し草の山も無差別。無差別なものがいくらあっても選べない。その状態は何もないのと同じだなんて、とっても皮肉。
思い入れとか、価値観とか、感性とか、何でもいい、干し草の量と距離以外に、何か引っかかるものを自分の中に持ってないとなあ。。。
そういうのがないと、現実でも、いろんなものが簡単に無差別になってしまって、選択肢に埋もれるなんてこと、あるかも知れない。。
選択肢は多い方がいいような気がするけど、選択できる選択肢じゃなければ、結局選択できない。

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